カテゴリ

2009年10月27日

恋するレストランソムリエ。

第三話。

「飲みに行くって。今からじゃ、電車なくなるだろ」
僕がそういうと咲子はかぶりをふった。
「嫌だ。飲みに行く。高野くんが行かないなら、私一人でも行くから」
内心、勝手にしろと思ったが咲子の目はいつになく真剣で僕はその言葉を飲み込んだ。
「行こ」
観念した僕に気がついたのか、咲子が僕の手をとって、今来た道を戻りはじめる。渋谷駅のスクランブル交差点を道玄坂方面に渡り坂を上る。
飲食店ばかりが入っているビルの8Fへ。なんとかダイニングが経営しているチェーンの和風居酒屋。咲子はここまで一言も話さない。
席に通されるとメニューも見ずにフェラーリのロゼを注文し、そこでやっと僕を見た。
「別れたの」
思わず聞き返しそうになるくらいの小さな声で咲子が言う。
「別れたのよ、あの人と」
フェラーリが運ばれてくる。サーモンピンクの発泡された液体がグラスに注がれて行く。淡い花の香りと葡萄の爽やかな香りが広がる。
僕はウェイターの男の子に、冷や奴を注文する。咲子はグラスに注がれたピンク色の液体を凝視している。
「乾杯、ってわけには…いかないな」
咲子がニッコリ笑う。
「いいのよ、乾杯で」
グラスの触れ合う音。
一息の飲み込む咲子。
僕は見て見ないフリをする。フェラーリの特有の酸味とハチミツのような甘味、小さな白い薔薇を思わせる美しいテクスチャが口の中いっぱいに広がる。滑らかな泡が喉をくすぐり、すぐに次の一口を求めようとする。魅惑のスパーリングワイン。
「ねぇ、私の事、心配してる?それともフェラーリの事を考えてるの?」
咲子が手酌でグラスにフェラーリを注ぎながら僕の目を覗き込む。
「え?」
動揺する。
「そりゃ心配してるよ」
「嘘つき。男はみんな仕事の事ばっかり考えてんのよ」
そういうわけでもないが、今言っても無駄だろう。僕は黙ってグラスの中の液体を飲み干す。
「高野くんも、そうだとはねー。そりゃ、やっと念願のソムリエになれたんだし、気持ちは分からなくもないけどさ、今は失恋したばかりの女の子が目の前にいるのにそれはないんじゃない?」
というと、またグラスをからにする。
この分でいくと朝までには20本近いフェラーリの瓶がテーブルに並ぶだろう。
「何で別れたの?」
「高野くんに関係ない」
「じゃ、何で飲みに来たの?」
「一人じゃ辛い」
「これ、飲んだら帰ろう」
「嫌だ。朝まで高野くんといる」
僕は呆れて口をあんぐり開けていた。
posted by connie at 16:41| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
CoRichブログランキング CoRichブログランキング
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。