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2010年01月28日

恋するレストランソムリエ

第5話

眠ってしまった咲子はさっきまでの暴挙がうそのようにかわいらしく可憐にすやすやと寝息を立てていた。僕は窓の外に見える景色が徐々に僕の家に近付いているのだという不思議な安心感から眠気を催していた。
その時だった。

タクシーが左のカーブを切るのと同時に右に座らせた咲子の体が僕の体のほうへと倒れこんできた。
それ自体は慌てるような出来事ではなかった。タクシーはごく当たり前にカーブを切りごく当たり前に元の状態に戻ったのだから。
しかし、この左折で咲子の体は完全に僕のほうに預けられ、彼女のあごは僕の右肩にしっかりと乗り、その唇は僕の耳の目と鼻の先(なんだか変な言い方だが)まで迫って、彼女の柔らかい吐息が僕の耳に一定のテンポとリズムを刻んで吹きかけられていた。

そのくすぐったいような気持ちいいような感触に重なるように、彼女の胸は僕の右手に必然的に押し付けられるような格好となった。僕はそのせいで右手を動かすわけにもいかず、左手一本では彼女をどかすこともできず、右手に当たる胸と耳にかかる吐息をずっと受けながらタクシーに乗りつづける羽目になった。
やがて、彼女の無意識で罪な行動は限界を迎える。彼女の自由な右手は僕の太ももあたりを動いていたが、それはだんだん北上し(なんだか変な言い方だが)やがてぼくの足の付け根あたりで止まった。いや、止まったのではなく留まったのだ。
僕は汗をかいていた。
どうしていいか考えていた。いや、どうしていいとかじゃないのだ。

やがて、赤信号でタクシーが止まると運転手が僕に言った。
「お客さん、車内では困るんですよねぇ」

僕は言い訳の言葉がすぐには思いつかずに「すみません」と言ってしまった。
咲子はそれでも幸せそうに眠っているのだが、運転手にはそうは見えなかったようだ。
posted by connie at 16:09| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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