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2010年01月28日

恋するレストランソムリエ

第5話

眠ってしまった咲子はさっきまでの暴挙がうそのようにかわいらしく可憐にすやすやと寝息を立てていた。僕は窓の外に見える景色が徐々に僕の家に近付いているのだという不思議な安心感から眠気を催していた。
その時だった。

タクシーが左のカーブを切るのと同時に右に座らせた咲子の体が僕の体のほうへと倒れこんできた。
それ自体は慌てるような出来事ではなかった。タクシーはごく当たり前にカーブを切りごく当たり前に元の状態に戻ったのだから。
しかし、この左折で咲子の体は完全に僕のほうに預けられ、彼女のあごは僕の右肩にしっかりと乗り、その唇は僕の耳の目と鼻の先(なんだか変な言い方だが)まで迫って、彼女の柔らかい吐息が僕の耳に一定のテンポとリズムを刻んで吹きかけられていた。

そのくすぐったいような気持ちいいような感触に重なるように、彼女の胸は僕の右手に必然的に押し付けられるような格好となった。僕はそのせいで右手を動かすわけにもいかず、左手一本では彼女をどかすこともできず、右手に当たる胸と耳にかかる吐息をずっと受けながらタクシーに乗りつづける羽目になった。
やがて、彼女の無意識で罪な行動は限界を迎える。彼女の自由な右手は僕の太ももあたりを動いていたが、それはだんだん北上し(なんだか変な言い方だが)やがてぼくの足の付け根あたりで止まった。いや、止まったのではなく留まったのだ。
僕は汗をかいていた。
どうしていいか考えていた。いや、どうしていいとかじゃないのだ。

やがて、赤信号でタクシーが止まると運転手が僕に言った。
「お客さん、車内では困るんですよねぇ」

僕は言い訳の言葉がすぐには思いつかずに「すみません」と言ってしまった。
咲子はそれでも幸せそうに眠っているのだが、運転手にはそうは見えなかったようだ。
posted by connie at 16:09| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

恋するレストランソムリエ。

第四話

どう言えば咲子が納得するか、しばらくの間僕は黙って考えていたが名案は浮かばなかった。
咲子は、空になった僕のグラスにフェラーリをなみなみと注ぎ足し、次に自分のグラスを空にするとそこにも注ぎ足した。
それでフェラーリは空っぽになった。
咲子は空っぽになった瓶を高々と掲げてウェイターを呼び、「もう一本!」と言った。
「何本飲む気なの?」
「は?」
「何本飲む気なの?」
「100本」
咲子の酒乱は店でも有名な話だが今夜はその伝説をさらに拡張するようだ。
僕はそっと席を立とうとした。酔い潰れて眠ったら、店の人が何とかしてくれるだろうと淡い期待を抱いた。
「どこ行くの?」
鋭い声。
「トイレ」
「嘘つくな!」
店中に響き渡るような大きな声。
「咲子、な、いい加減にしようよ。失恋して辛いのはわかるけどさ、これじゃ解決しないよ」
「辛くないもん、咲子。お酒飲みたいだけだもん。高野くんはなーんもわかってない」
僕は諦めて椅子に座り直し、グラスの中の液体を一気に飲み干した。
「OK。じゃこうしよう。今夜は付き合うよ、でも、あと1本飲んだらタクシーで帰る。な?それならどう?」
咲子は既に座ったその目線を僕の方へ向ける。睨んでいるとも取れるし、見つめているようにも見える。
「そうやってぇ、丸め込むつもりでしょ?大人ぶっちゃってさぁ。でも、いい!許してあげる、これ、飲んだら、帰ろ。高野くんち」
そういうとウェイターが持って来た2本目のフェラーリをドボドボとグラスに注いで、ぐいぐい飲んだ。
僕はちらっとウェイターを見たが、彼は少し会釈すると元の持ち場へと帰って行った。

僕は必死で2本目のフェラーリを飲み、何とか一分でも早く帰宅しようとした。咲子はそれを嘲笑うようにゆっくりゆっくりとグラスに口をつけ、酔いが回るにつれて饒舌に分かれた彼を罵った。
周りのテーブルはチラホラとしか埋まっていなかったがそれでもくすくすと笑う声が聞こえてきた。

それから小一時間ほどで僕らはようやくボトルを空っぽにした。
咲子は勢いよく立ち上がると勘定を済ませて店を出た。
通りに出るとタクシーを止め、運転手に「高野君ちに」とだけ言うと一瞬のうちに深い眠りに落ちた。
僕はやれやれと声に出していって、座席に身を預けた。運転手が鏡越しに僕をちらりと見て「どこまで行きますか?」と尋ねた。
僕は「高野君ち」といいたいのを我慢して、「井の頭線の浜田山まで」と言って、目を閉じた。
posted by connie at 14:42| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

恋するレストランソムリエ。

第三話。

「飲みに行くって。今からじゃ、電車なくなるだろ」
僕がそういうと咲子はかぶりをふった。
「嫌だ。飲みに行く。高野くんが行かないなら、私一人でも行くから」
内心、勝手にしろと思ったが咲子の目はいつになく真剣で僕はその言葉を飲み込んだ。
「行こ」
観念した僕に気がついたのか、咲子が僕の手をとって、今来た道を戻りはじめる。渋谷駅のスクランブル交差点を道玄坂方面に渡り坂を上る。
飲食店ばかりが入っているビルの8Fへ。なんとかダイニングが経営しているチェーンの和風居酒屋。咲子はここまで一言も話さない。
席に通されるとメニューも見ずにフェラーリのロゼを注文し、そこでやっと僕を見た。
「別れたの」
思わず聞き返しそうになるくらいの小さな声で咲子が言う。
「別れたのよ、あの人と」
フェラーリが運ばれてくる。サーモンピンクの発泡された液体がグラスに注がれて行く。淡い花の香りと葡萄の爽やかな香りが広がる。
僕はウェイターの男の子に、冷や奴を注文する。咲子はグラスに注がれたピンク色の液体を凝視している。
「乾杯、ってわけには…いかないな」
咲子がニッコリ笑う。
「いいのよ、乾杯で」
グラスの触れ合う音。
一息の飲み込む咲子。
僕は見て見ないフリをする。フェラーリの特有の酸味とハチミツのような甘味、小さな白い薔薇を思わせる美しいテクスチャが口の中いっぱいに広がる。滑らかな泡が喉をくすぐり、すぐに次の一口を求めようとする。魅惑のスパーリングワイン。
「ねぇ、私の事、心配してる?それともフェラーリの事を考えてるの?」
咲子が手酌でグラスにフェラーリを注ぎながら僕の目を覗き込む。
「え?」
動揺する。
「そりゃ心配してるよ」
「嘘つき。男はみんな仕事の事ばっかり考えてんのよ」
そういうわけでもないが、今言っても無駄だろう。僕は黙ってグラスの中の液体を飲み干す。
「高野くんも、そうだとはねー。そりゃ、やっと念願のソムリエになれたんだし、気持ちは分からなくもないけどさ、今は失恋したばかりの女の子が目の前にいるのにそれはないんじゃない?」
というと、またグラスをからにする。
この分でいくと朝までには20本近いフェラーリの瓶がテーブルに並ぶだろう。
「何で別れたの?」
「高野くんに関係ない」
「じゃ、何で飲みに来たの?」
「一人じゃ辛い」
「これ、飲んだら帰ろう」
「嫌だ。朝まで高野くんといる」
僕は呆れて口をあんぐり開けていた。
posted by connie at 16:41| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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