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2009年10月23日

恋するレストランソムリエ。

第二話

仕事が終わったのは23時を少し回った頃だった。後片付けを終えると、飲みに誘う先輩たちに丁寧に断りを入れ僕は銀座線のホームへと向かった。
終電が近くなるこの時間、青山一丁目の駅は仕事帰りのサラリーマンと、いかにも業界関係者という感じの人間で混雑していた。
ホームへ着くと同時に渋谷行きの電車が滑り込んで来る。
この時間、青山一丁目で下車する人間は多くない。すし詰めの車内にまた人間が乗り込む。
僕はため息を一つして電車へ。
「高野くん、ちょっと待って。高野くんってば!」
咲子はホームを大声で叫びながら僕と同じドアへと駆け込んでくる。
「駆け込み乗車は危険ですからおやめ下さい」
やや怒気の篭った車掌のアナウンス。
「次の電車に乗ればいいだろ?」
僕がそういうと咲子はぎゅうぎゅう詰めの車内で器用にクルリとこちらに身体を向け、手に持った携帯電話と財布をハンドバッグにしまった。
「いいじゃん、いいじゃん。おんなじ駅まで帰るんだし。それに何回も電話したのに出ないんだもん」
そう言われて初めて自分のジーパンのポケットを探した。あれ?携帯がない。慌ててかばんを開けようとするが、車内の混雑がピークさりくかばんを開ける事は叶わない。
「ないの?」
咲子の顔が、近付く。電車の揺れも多少は手伝っているのだろうが、それにしても近い。
「忘れて来たみたい」
短くそういうと咲子から顔を逸らす。
「家?店?」
どちらか検討がつかない。何しろ携帯電話なんて、余程の用事がないかぎり使わないのだ。
「どっちだろ」
咲子はやれやれといった顔で僕を睨む。
「ダメだよ、そんなんじゃ。彼女なら急に連絡あったらどうすんのよ」
「いないよ、彼女なんか。それより咲子こそ、いいのかよ。毎日一緒に出勤して毎日一緒に帰って。そのうち藤澤さんに怒られるんじゃないの?」
咲子はめげなかった。
「いーのよ、あんな男。ワインとチーズにしか興味が…」
そこまでいいかけたところで電車は渋谷に到着した。溜まっていた何かを一気に吐き出すように、各ドアから人間が飛び出していく。
咲子が僕の腕を取る。
「ちょ、ちょっと」
「はぐれたら困るでしょ?」
困らない。僕は全く困らない。はぐれたら別々に帰るだけだ。
銀座線から井の頭線への狭い道を歩く。咲子は腕を組んだまま。知らない人が見たら、きっとカップルに見えるだろう。
井の頭線の改札まであと3歩というところへきて、不意に咲子が僕の顔を覗き込んだ。
「高野くん、飲みに行こ。あたしおごるから。満員電車、やだ」
posted by connie at 15:00| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

恋するレストランソムリエ。

第一話

3杯目のグラッパを一息で飲み干すと、女はその華奢な右手を高々と挙げた。
何人かのギャルソンが彼女の元へ向かおうとするのを挙げた手と笑顔で制して、彼女は僕を見た。
「?」
指名された理由の分からないまま、僕は彼女のテーブルへ向かった。
一歩、また一歩。
テーブルまであと4歩と半分のところで彼女は短く「チェックして」とだけいった。
そんなことのために、何故僕を?聞くわけにはいかない疑問が頭の中を過ぎったが、僕はニッコリと微笑んで「かしこまりました」と言って彼女のテーブルの伝票を取りに行った。
他のギャルソンたちの視線が僕に向けられている。僕はそれを無視するようにレジへ向かい、彼女のテーブルの伝票を取る。
「ご指名の割にはずいぶんじゃない?」
たまたまレジに立っていた咲子に話しかけられる。
「さぁね。偶然目が合ったからだろう」
「ふーん。ちょっと綺麗だからっていい気になってるのよ」
伝票を届けると、金額も確認せずに彼女はクレジットカードを出す。黒いアメックス。僕はそれを普段通りに受け取り踵を返す。
「ねぇ?領収書、お願い出来るかしら?」
「かしこまりました。お宛名はどういたしましょうか?」
「貴方、名前は?」
「は?」
質問の意味が分からずに、僕はつい聞き返していた。水谷豊なら「はいぃ?」と言ったに違いない。
「あなたのなまえ」
彼女はもう一度聞いた。
「高野です。高野秀平」
「じゃ、高野で」
彼女はそれだけ言うといかにも高そうなハンドバッグから携帯電話を取り出した。
僕は、何が何だか分からないまま。レジで会計を済ませ、領収書を書いた。金額は47503円。女性が独りでレストランで使うにはかなりの金額だ。

カードの明細にサインをすると彼女は無言で席をたち、店を後にした。

そのサインには、綺麗な字で『吉見日名子』と書かれていた。

彼女が帰った後、何人かのギャルソンが僕に話しかけた。知り合いなのか?なんて名前か?いくら使ったか?どうしてお前を呼んだのか?
その全てに適当な返事をして、僕はその日の仕事を終えた。

posted by connie at 12:32| Comment(0) | ノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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